小さな式

長い人生を過ごしたわけではないんですけれど、何度か黒い枠のついたハガキを受け取る機会がありました。
葬儀のお知らせですね、言うまでもなく。
そんなハガキが届くと、そこへ行くための準備をします。葬儀というのは特別な儀式ですから、そこへ行くための服装や持ち物にも、特別なものが必要だったりするのです。
たとえば喪服を着たり、数珠を持ったりというのがその代表的な事柄になるでしょう。

或るひとつの葬儀が心に残っています。ごく親しい間柄にあった親類の人を送るためのものだったのですが、参加したのはその人の家族と数人の親類。その人と、とても親しかった友人も参加していました。
とにかく、とても人数の少ない葬儀だったのです。そのことがまずは何より印象深かった。そして、(何でだろう?)と思ったわけです。(なぜ多くの人を呼んで、大きな式にしないのだろう?)と。
その頃の僕は、葬儀というのは何しろ大掛かりなもので、多くの人が訪れて立ち並んであれやこれや……というふうに思い込んでいたわけです。

ただ、そのとき僕が参加した小さな葬儀(のちに『家族葬』という名であることを知りますが)について、不思議と淋しい感じがしなかったのを、同時に印象深く覚えています。
家族葬……その名前にある、ある種の温かみのようなものが、その儀式を包んでいるからでしょうか。

僕の親類を送った家族葬は、今ではさほど珍しくない形式として、多くの人に選ばれているようです。家族葬を選んでいる人たちにはそれぞれの理由があるようです。
どんな理由があるのでしょう?その理由にこそ、「温かみ」の秘密は隠れているかもしれません。

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